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セイケさん(清家富夫)さんがブログに若い頃撮った写真を載せている。
写真もいいけど、文章もいい。
「毎日を写真だけで生きていた、あと数日で60年代も終わるころだった。」と締めくくっている。

何年か前、ブリッツギャラリーで清家さんのトークショーに参加したことがある。
その時は参加者たちの質問にも答えてくださるという大サービスのトークショーだった。
私はいろんな質問と答えを必死でメモしてきたのだけど、その時、
<デジタルとフィルムは違うか>という質問に、
「全く別な感じがする。
銀塩は自分の心と直接つながっているところがある。
また、大切なプリントをする時は前日位からとても集中する(変な電話がいきなりかかってこ   ないように、などするとこのこと。)。 それに対し、デジタルは電源を入れれば出来てしまう。
気持ちで言えば全然違う」、と答えつつ、
「撮影の時はSD2でもライカでも気持ちは同じ。
(撮影の時は)気持ちを2つもつのはあまりよくないと思う。
写真を撮る時は自分の撮りたいものを全身でシャッターを押す。嘘も本当もない。
その時の気持ちはデジタルもフィルムも同じ。」との答えで、
静かで穏やかそうな外見の中に、写真への燃えるような情熱を抱えているような印象を持ったのを覚えている。
やっぱりきちんと自分の世界を持ち繊細な光や線や空気をつかまえることが出来るような人は思い入れや情熱が並ではないのだなと思ったことを今日の一文でまた思い出した。

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