今日からニコンサロンで開催されている写真展、「サハリン」を観てきました。

「1945年8月の太平洋戦争敗戦時、約35万人の日本人と、2万~4万3000人の朝鮮人が取り残されていた。
戦後、ソ連(当時)領となったこの地から日本人の多くは引き揚げたが、朝鮮人とその配偶者であった日本人は、その後数十年にわたり、この地を離れる事はかなわなかった。
作者が初めてサハリンを訪れたのは1996年のことだった。終戦からおよそ50年、この地で未だに日本語が日常的に使われている事を知った。それは、単に話せる事とは違う何か、その後永く繰り返される問いの始まりとなった。
歴史が記憶の堆積物ならば、降り積もって埋もれてしまう前に、単純に割り切ることのできない思いを抱え生きる姿に、今なら向き合えるのではないかと動き出したのは、それから14年後の2010年のことだった。カラー53点。」 (ニコンサロンHPより)

写真の色が、濃い。
というのが私の第一印象。
写真を見ているうちになんだか思ったのだけれど、もしかしたらその色は、ずっとサハリンに残って日本に帰れなかったまま今日まで来た人たちの、心の中の傷から湧いてくる「膿」のようなものなのかもしれない。
どの人も苦労したような顔をしている。街の写真は、「え?」と驚くほど閑散とした通りだ。
決して贅沢な暮らしではない。
亡くなった人がいる。骨は散骨された。異国にずっと。日本には帰れなかった。
孫の、赤いハイヒールの写真にちょっとホッとした。
孫の世代は普通の暮らしをしているのかな、と想像するような写真。
幸せかどうかは本人の感じ方にもよる。けれど、異国で過ごし、苦労はした女性たちでも、一緒に過ごした旦那さんがいい人だったり子を持ち孫を見てしあわせな時間を過ごせのだったら救われるな・・・と思いました。

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