糸井重里さんの「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」の、
昨日の「今日のダーリン」が良かった。
うちが昔、不要不急ものを売る花屋だったからか、
こういう話はワクワク、ゾクゾクする。+ すごく分かる。
そしてかっこいい。
以下、コピーです。

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ずいぶん昔のことになるけれど、
お元気だったころの任天堂の山内さんが、
こんなことを話してくれた。
「任天堂は、不要不急のものを売っとるのや。
誰にも必要なものやないんや。
おもしろくなかったらほんとうに要らんのや」
社内社外、おおぜいの人がそのことをわかってない、と。
出すもの出すものが大ヒットしている状況のなかで、
これを聞いたときに、ぼくは、なんだかわくわくした。

人気絶頂のアイドルグループをいくつも抱えた事務所が、
「うちは不要不急のものを売ってるんです。
魅力的じゃなかったら、すぐ客席はがらがらになります」
なんて言っているのと同じことだ。

生きることのなかでの、歌や花や遊びの大切さを、
これまで、ぼくもなんどでも語ってきた。
しかし、それは、人が余裕をなくしたときには、
かんたんに捨てられてしまうような種類の
「大切なこと」にしかすぎないとも言えるのだ。
戦後の食料を手に入れるために、
タンスの中の着物と交換した、というようなことが、
これからあるのかと言えば、そういうものでもないが、
「それどころじゃない!」という呪文は、
いつでも人の口から飛び出すと覚悟しておくほうがいい。
現に、大きな事件や災害があったあとには、
さまざまな方向から「不謹慎だ」という声が、
あちこちにこだましていたではないか。

「なくてはならないもの、ではない」ものの市場は、
「なくてはならないもの」の市場よりも
おもしろそうに見えたり、たのしそうだったりする。
「確実にこれくらいの人が必要としている」
なんてことは言えない商いをしているのだ。
商品(コンテンツ)が「できた」では「できてない」。
できてるだけでは、「なくてもいいもの」のままなのだ。
おもしろい、きれい、たまらん、すてき、かっこいい
という計測しにくいほめられ方が、ちゃんとできてるか?
「まぁ、いいか」程度も含めてもセーフかもしれない。
山内さんの、あのことば、ぼくはずっと憶えている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「それ、おもしろいか?」という魔法のことばがすべてだ。

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