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やっと「Once Upon a Time in America」を観終わりました。
ハラハラする場面が何度もあり、怖すぎて何日かに分割して観ました。

「明日に向かって撃て!」やなんかとは違う、重さがいつも少年たちの周りにつきまとっている。
・・・ 「明日に・・・」の二人は何物にも縛られず、人生を楽しむために、強盗をやっている。
アウトローは自由で、どこかゲームのよう。ドジをして最後失敗しても、笑い飛ばせる世界の中にいる。
この映画の4人組が違うのは、この世界や仕事から逃れられないということだ。
時には後ろ盾として、時にはやむを得ずボスの下にいて従うこともある。
いつも重い足枷をはめて歩いている。

途中、警察の偉い人に、やっと生まれた男の子(まだたくさんの赤ちゃんと一緒に新生児室にいる)を他の赤ちゃんと混ぜてしまい分からなくする場面がある。自分たちでもそこのを何番にしたか覚えていない。そこでデニーロ演じるヌードルスが適当に「8番」と言う。「他の子はどうする?」という問いに、マックスがあとはもうごちゃごちゃでもいいと言って、「(親が変わって)ある子は泣き、ある子は喜ぶだろう、これも運さ。」というようなことを言う。

最後、髪が白くなったヌードルスとマックスがもう一度会った時、自分を裏切った俺を殺してくれと言うマックスにヌードルスは「貸しも借りもない。俺の過去の話は単純だ。昔友達がいた。(途中略)いい友情だった。ただ二人とも運が悪かっただけさ。」と言う。
運。
彼らは普通の少年たちで、友情に結ばれていた。それだけのこと。
ギャングの世界に身を投じなくても良い少年たちと同じこと(「Stand by me」の少年たちも、四人組だったなぁ。)。
ただ、その世界でなくては生きていけない状況に、生まれてしまっただけの話。
(マックスが、まだみんながほんの少年でギャングと言うよりただのごろつきだったころ持っていた懐中時計をずっと大事に持っていたことに感動した。)
同じ禁酒法の時代、何も苦労のない裕福な家庭に育ったデイジー。その声を「お金の音がする」と言って見ていたギャツビーだってそうだ。
でもこの映画の男の子たちには固い友情の仲間がいたのは救いで、運が良かったな・・・。

と、思いました。

(※この映画にはいろいろな説があり、映画の後半はデニーロのヌードルスが阿片窟で見ている夢という説もあるようです。)

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