「乗換駅」

会社帰りに、銀座のニコンサロンで大西正さんの写真展「乗換駅」を観てきました。
SNSでチラッと写真を見た時にこれは観に行こう!と思っていました。
会期ぎりぎりではありますが間に合ってよかったです。
大西さんの通勤の乗換駅である新宿を舞台にふつうのサラリーマンの心象風景を映した写真群。とのこと。
「通り過ぎ行く人、落ちている人、落ちているもの、飛んでいくもの。ここに映るものは東京の今を生きる人の最大公約数の記録です。」
電車から降りてきた女性の、どこを見ているんだかわからない何を考えているんだかわからない写真が一番印象に残りました。
白い皮膚。そこに血が流れているのだかも分からない。
頭の中が「無」のようにも見える写真。
私自身、平日は水曜日くらいまで頭を「無」にして惰性で電車に乗って通勤しているので、まるで自分の姿を写真に撮られたよう。

やっぱり人を撮った写真は面白いな。
いろいろな人がいて、想像力が働く。
芋洗い的に混んでいる電車の中で今日も揺られて押し出されて
私たちは生きている。生き延びている。

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ZOZOTOWNの前澤社長が、Twitterで面白い質問をしていた。
「この世からお金がなくなったとしたら、明日から働きますか?」
選択肢は3つあって、①もう働かない ②今まで通り働く ③職やペースを変えて働く
私は③です。
本屋さんで働きたい。
毎日だと疲れるから週に3日位。
長時間だと疲れるから5時間くらい。
好きな本に囲まれて、新しい本や変わった本の情報も知ることが出来て、本好きな人に囲まれて、毎日暮らす。
幸せだなぁ。

仕事はしたくないのに完全にやめることはしない。
それはなぜなんだろう。と考えたら
やっぱり人と人が接することは大事なことだと思っているからだと思った。
ずっと昔、本当に本屋さんでバイトしていた時、本の予約に来た人がいた。
その人は不眠症らしく、眠れる本を予約した。
予約票の名前を見た時、見覚えがあると思った。
小学校の、校歌を作曲した人だ。と思ったらそれがそのまま声に出た。
「〇〇小学校の、校歌を作った人!」
その人は私の顔を見て、「覚えていてくれて光栄です。」と言った。
私は「お会いできて嬉しいです。」と言った。
その人はそれで帰っていったのだけど、ちょっとだけ嬉しそうに見えた。そんな気がした。
これはやろうとしてやったことではなくて沢山の偶然が重なって起きた出来事だけど、私だったら自分が曲を作ったことを覚えていてくれる人がいたらとても嬉しい。
それでリラックスして、その日は少し眠れたのだったらいいな・・・と思った。
そんな風に人が人と接することで化学反応が起きてとても嬉しくなったりすることがあるから、自分一人ではできないことが出来たりするから、やっぱり人と人が接することは大事なんじゃないかなと思う。

普段はこんなこと気が付かないんだけど、前澤さんの質問があったことで考えることが出来た。
Twitterだけど、これも自分ひとりじゃ思いつかないけど人と接することで出来たこと。

マブウ、そして

またまた、世界中の真面目な皆さん、ごめんなさい。
今日は1時間ばかり早退して会社帰りに近代美術館のMOMATコレクション(2度目!)を観に行ってきました。

この収蔵展で一番観たかったのはロバート・フランクの写真。
これが、会期中、3度展示が変わるのです。
1回目は見逃してしまったのですが、前回、2回目の展示が良かったので、最後のものも必ず観に来よう、と心に決めてました。
さて今回は、雪の降り積もるマブウ(地名)。
雪道を歩く人の足音、人の息、風の音、冷えた部屋の木の壁の匂い。
いろいろな音や匂いをを想像できます。
やっぱり何かいいです。
なにか特別なものを撮っているわけではないのに。
なんだろうな。解き明かしたいからまた観る。のかも。

今回は、鈴木理策さんがセザンヌがよく描いたサント・ヴィクトワール山を撮ったものと、ホンマタカシさんの写真も観れます。
実はホンマタカシさんの写真の実物を観たのは初めてかも・・・。
二人共、写真のキャプションが最後にならないと読めません。
観終わってから、写真の女の子は実は、とか、この山は実はサント・ヴィクトワール山だと分かるようになっています。なんだ~…とも思うのですが、やはり説明がない中でいろいろ思ったり考えたことは自分のオリジナルなので、自分で考える、イメージを膨らませる、という点でとてもいい勉強にもなるし、おもしろかったです。
鈴木利策さんの山の写真を観ていたら、光に導かれて山の中を歩いているような気がしました。
サント・ヴィクトワール山。南フランスの光あふれる山でした。

それから、今の時期限定で、「美術館の春まつり」と題して桜など春らしい絵も数点展示されています。
船田玉樹の《花の夕》の華やかなピンク色の花を少し遠くからベンチに座って観ていたら、美術館でお花見だ・・・とワクワクしました。木の向こう側には満月も見えます。なんだかとても贅沢な気持ちです。
川合玉堂の《行く春》は、沢山の桜の花が満開に画面に咲き誇り、風で一斉に舞い、絵の中のどこも桜が舞っているのですが、その花びらを見ているといてもたってもいられないような切ない気持ちになります。きっとDNAの中にある、太古の昔からずっと何回も何回も桜が咲き散っていくのを見てきた切ない気持ちが積もってそうさせるのかな・・・と思いました。


(船田玉樹 《花の夕》)

他にも名品が沢山。これでたったの500円。
なんてお得な、MOMATコレクション展。
行って良かったです。
美術館に行って満たされた気持ちになりました。

ほぼ日刊イトイ新聞の中のコンテンツ「イセキアヤコさんの ジュエリー雑記帖」()で知った、イギリスで18世紀末~19世紀初頭に貴族階級の間で流行したという片目のみのポートレイト「アイ・ミニアチュール」。
とてもロマンチックで、その世界にひきこまれてしまいました。

その流行は、イギリス王室のひとつのスキャンダルによって起こったと言われているそうです。
以下、「ほぼ日」より引用。

『のちに国王ジョージ4世となる プリンスオブウェールズ(皇太子)は
 1784年の春に、マリア・フィッツェバルト夫人と社交界で出会い恋に落ちた。
 このとき、プリンスオブウェールズはまだ21歳で
 フィッツェバルト夫人は6歳年上だった。
 プリンスオブウェールズは彼女と結婚したいと切望したが
 フィッツェバルト夫人はローマンカトリック教徒だったうえに
 2度夫に先立たれた未亡人で、
 ジョージ3世に結婚を許してもらうことはできなかったため、
 2人は数名の仲間に立会人になってもらって1785年に夫人の自宅で極秘に式を挙げる。
 けれども、この結婚は最後まで法的に認められなかった。

 プリンスオブウェールズが、プロポーズの際にフィッツェバルト夫人へ贈ったのが
 皇太子本人だと特定されにくいように自分の片方の瞳だけを描かせたミニアチュールの
 ジュエリーだった。
 また、プリンスオブウェールズも、フィッツェバルト夫人の片方の瞳が描かれたブロー
 チを、いつも襟の下に隠して着けていたという。

 アイ・ミニアチュールのジュエリーそのものはそれ以前にフランスにも存在していたよ
 うだが、プリンスオブウェールズの一件から19世紀のはじめごろまで、
 イギリスの貴族社会では愛情のしるしとして男女の間で交換するもの、時には親から子
 へ、ひいては亡くなった愛しい者への想いをとじこめた思い出の品としても広まって
 いった。』

そのアイ・ミニアチュールを見ると、相手もこちらを見つめてくれている。
自分だけが分かるようにそっと身に着けたり、急にそのきれいな瞳を見たくなった時にそっと開いて見るペンダント・・・。
亡くなった人の瞳の書かれているアイ・ミニアチュールを持つ、というのは、もちろん、肌身離さずその人の面影を持っていたい・・・という気持ちもあり、時々見てその人を偲ぶということもあったのでしょうね。
実は私、この気持ちすごくよく分かるのです。
私はアイ・ミニアチュールはもちろん持ってはいませんが、亡くなった父の目にそっくりな目をしています。
鏡の中の目だけを見ると、まるで父と目を合わせているみたいなのです(それほどそっくり)。
父が亡くなってから、何かの拍子に鏡の中の目だけを見た時、まるで父と目を合わせているような感じがすることがあります。懐かしく、ひととき、父の元気なころを思い出したりします。
それで、多分そういうことなんだろうなぁ・・・と思いました。
そんなことがあるせいかこのジュエリーのお話がとても心に残りました。

(写真は、ほぼ日より。
19世紀初頭に作られた「アイ・ミニアチュール」のジュエリー。
象牙の上に水彩絵の具によるペイント。
亡くなった夫の思い出に、と妻が職人に作らせたもの。
ヴィクトリア&アルバート博物館蔵 museum no. P.55-1977)

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昨日、サントリーの昔の広告の、開高健さんのゾクゾクするほど格好いい文章を読んで、開高さんの本を読んでみたくなって。
で、早速買ってみました。
明日からこれを読む。